[みゅう]パリ 美術コラム クリュニー中世美術館所蔵『貴婦人と一角獣』 みゅうパリ ブログ記事ページ

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    [みゅう]パリ 美術コラム クリュニー中世美術館所蔵『貴婦人と一角獣』


    2018-10-22

  • 2020年までの大掛かりの改修に入ったクリュニー中世美術館。

    部分的に見学が不可となった展示室や、常設展作品の大部分が未展示ですが、この美術館を代表する作品、15世紀末に作成されたた6枚組のタペストリー、『貴婦人と一角獣』は、そのために作られた特別展示室にて鑑賞可能です。

    タペストリーの状態を保つために、薄暗く設定され、6枚のタペストリーに囲まれたその展示室は、別の世界のようです。オランジェリー美術館を訪れたことのある方にはわかっていただけるともいますが、のモネ『大睡蓮』の間に入ったときの感覚に近いです。入室すると、一瞬にして、中世時代の中です。

    それでは、作品を紹介しましょう。

    『貴婦人と一角獣(La Dame à la licorne)』

    パリ(下絵)、フランドル?(製作)、

    1500年頃、タペストリー、羊毛と絹

    『貴婦人と一角獣(La Dame à la licorne)』という壁かけは、6枚のタペストリーで構成されています。そのうちの5枚は、人間の五感がそれぞれ表現され、そして最後の一枚には、「私の唯一の願望(Mon seul désir)」と表記されています。この一枚が全体の意味を読み解くためののカギなのですが、さまざまな解釈がされています。

    リエージュ(Liège)の領主、兼司教だった枢機卿ラ・マルク(la Marck)氏による注文による制作と考えられています。

    6枚のそれぞれに共通した要素として、若い女性が花々の咲き乱れた丸く区切られた草原の中にいます。そのうちの4枚には、侍女と思われるより小さな女性が登場しています。全てのタペストリーの背景は赤で、植物や花のモチーフによって埋められています。専門家によると、88種の植物、ライオンとユニコーン以外に、19種もの動物が描かれていると言われています。

    また、各々のタペストリーには、青い帯の中に、3つの三日月が記された紋章が表現されています。これは、リヨンの司法官、ル・ヴィスト(Le Viste)家の家紋だそうです。

    それでは一枚一枚見ていきましょう。

    中世時代(一般的に、1000年から1500年)には、人間の五感に最も物質的なものから精神的なものへのヒエラルキーがありました。その階級の下から順にタペストリーを紹介していきます。

    触覚

    縦:3,69 m ; 横: 3,58 m

    貴婦人は右手で紋章のついた旗を持ち、左手でユニコーンの角を撫でています。左にはライオンが同じく紋章の持った盾を肩から掛けたバンドでとめています。ライオンの上には、捕らわれたサルがいます。

    味覚

    縦: 3,77 m ; 横: 4,66 m

    貴婦人は、侍女が差し出すお菓子をつまんでいます。手袋をはめた左手にはオウムがとまっています。このお菓子をオウムにあげる場面でしょうか。画面下部中央には、サルが貴婦人のマネをして、何かを食べようとしています。左右には、それぞれ家紋を持ったライオンとユニコーンがいます。

    嗅覚

    縦: 3,68 m ; 横: 3,22 m

    全体の構成は、味覚と似ています。侍女のもつ皿にはお花が盛られ、貴婦人はそれを一つ一つつまみ、花輪を作っています。その右となりには、サルが後ろのかごのなかから一輪の花をつま取り出し、香りをかいでいます。左右には、同じくライオンとユニコーンが旗を持っています。

    聴覚:

    縦: 3,68 m ; 横: 2,90 m

    中央には、移動式オルガンがオリエンタルなモチーフに飾られた机の上に置かれています。侍女は空気を送り、貴婦人が演奏しています。ライオンとユニコーンは左右に同じように旗を持っています。

    視覚:

    縦: 3,12 m ; 横3,30 m

    中央には、座る貴婦人。右手には鏡を持ち、鏡には右にいるユニコーンの顔が映っています。左にいる旗を持つライオンは、画面の外部を見ています。

    私の唯一の願望(Mon seul désir):

    縦: 3,76 m ; 横: 4,73 m ;

    他のタペストリーとは異なり、中央には黄金の炎のモチーフで装飾された青い布で構成されたテント小屋があります。テントの屋根の部分には、このタペストリーの通称にもなっているMon seul désirの文字が見えます。左右にいるライオンとユニコーンは、旗を持ちつつも、その青い布を劇場の幕のように広げ、その前で行われつつある場面を強調しているようです。貴婦人は、ネックレスを持ち、その左で侍女は宝石箱を広げています。実は、ここが問題の場面なのですが:

    この貴婦人は、宝箱からネックレスを取り出しているのか、

    それとも、つけていたネックレスを宝石箱の中にしまっているのか。

    この場面をどう解釈するかによって全体のもつ意味合いが変わるというのです。

    「宝箱からネックレスを取り出している」、と解釈する場合、「第六感」とは、富と社会的な成功を象徴する宝石を好む感覚となり、「世俗的な欲望・願望」ととらえることができるでしょう。その意味である意味、これらのタペストリーはとても人間くさい作品ということになります。貴族、あるいはブルジョワによって注文されたタペストリーのひとつの目的は、自らの富、権力を表現することでしたから、十分に考えられる解釈です。

    あるいは、「第六感」は美しい宝石を好む感覚、つまり「美的審美眼」ということもできるでしょう。さまざまな五感の上位には、それを超えた「美」をめでる貴婦人が表現されているというわけです。

     

    一方、「つけていたネックレスを宝石箱の中にしまっている」と考えると、全く逆の解釈になります。

    この場合、私の唯一の願望は、「世俗的な欲望・願望」を捨て去り、より高次な目的に向かって生きることだとなります。より高次な目的とは、現世での成功、栄光、富に煩わされずことなく、永遠の価値に従って生きること、とでもいえるかもしれません。

    ところどころにサルが貴婦人のマネをして登場しますが、五感の中のいくつかはサルでも出来るような低次のもので、人間はより高次なものにむかって進むべきだと、この解釈の中では説明できます。

    このように考えると、「この世の中には、我々の五感を喜ばせるさまざまなものにあふれているが、そのようなものに振り回されることなく、私は自分の(あるいは神の?)価値に従って生きていくのが、わたしの唯一の望みです」と解釈することができるのです。

    ある専門家の一人は、他のタペストリーの貴婦人がネックレスをつけているのに、この場面ではネックレスを付けていないために、ネックレスを外して、宝石箱にしまう方が解釈として筋が通っていると主張しています。

    ただし、それは、Mon seul désirを最後の場面ととらえた時に可能な解釈です。もしこのMon seul désirを最初の場面と考えれば、ネックレスをつけてから、この世のありとあらゆる五感を楽しませる物とともに、人生を謳歌する、とも読めるわけで。。。

    どの解釈が正しいのか?専門家でも意見が異なりますが、中世に限らず、作品の解釈は多様で、異なる、時には相反する解釈が同居することもあります。むしろ、異なる解釈の可能性が多いほど、私たちに思考を促す豊かな作品ということができるでしょう。

    少しマイナーな美術館ですが、この作品を見るだけでも行く価値ありです。

    (渦)

    クリュニー中世美術館

    6, place Paul Painlevé 75005 Paris

    9:15-17:45

    休館日:火曜日、1月1日、5月1日、12月25日


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