[みゅう]パリ 美術コラム 『天文学者』 ヨハネス・フェルメール みゅうパリ ブログ記事ページ

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    [みゅう]パリ 美術コラム 『天文学者』 ヨハネス・フェルメール


    2016-06-06

  • フランスが所有するフェルメールは、ルーブルに2枚ありますが、その1枚、『天文学者』です。

    絵を実際に見てみましょう。

    フェルメールの絵画は、現在34点が知られていますが、その大半が部屋の片隅が場面になっている室内画です。その室内には、なんとも言えない神秘的な雰囲気が漂い、世界中のファンの心をつかんでいますが、この絵画も例にもれず、部屋の片隅が背景になっています。

    左には、四角い窓があり、左上から右下に光が差し込んでいます。窓の左には、丸い枠が見えていますが、これは、彼の活躍したデルフトの街の紋章の一部のようです。

    一人の男が天体儀に手をかざし、身を乗り出しています。彼の前には、布、本、科学的な測量器が見えます。布と天体儀の間には、星の位置を特定するための計測版が、本の手前には、コンパスが見えます。彼の前には、本が開かれているので、その本に書いてあることを、いま天体儀と計測版とコンパスでもって、検証している場面のようです。

     

    絵の背後には、縦長のタンスがあり、その上には書物が並べられていて、タンスの正面には、円盤に針のついたものが複数見えますが、これも星の運行を計算するためのもののようです。

    そのすぐ下には、MDCLXVIIIと文字が並んでいますが、これはこの絵が書かれた年号をラテン数字で示しています。Mは1000、Dは500、Cは100、Lは50、Xは10、Vは5、Iは1なので、MDCLXVIIIを全部足すと、制作年の1668になります。

     

    背後、右側には、絵画が飾られていて、絵画の中の絵画、というフェルメールの他の絵の中でも見られる構図になっています。

    この絵画は、17世紀というオランダの黄金時代に描かれました。なぜこの時代に、天文学者がテーマになったのでしょうか。

    オランダでは17世紀に大航海時代が始まります。遠隔地貿易を軸にした海運業で黄金時代を築きあげるわけですが、その遠洋航海に有益、必要な学問こそ、地理学と天文学でした。星の位置、動きを研究することで、地球そのものの大きさを把握するのが天文学であり、その研究成果を現実の測量に合わせて図面におこし地図を作るのが地理学です。地理学と天文学が結びつくことで、オランダの黄金時代は可能になりました。

    実は、この絵画と対になっている絵画があります。『地理学者』という絵画で、フランクフルトのStädel Museum所蔵のものです。この2つの絵画が同時に1713年にロッテルダムで競売にかけられたので、これらの絵画は対になって飾られていたのだと考えられています。

     

    オランダの黄金時代を支えた2つの科学の専門家を描いた、『天文学者』と『地理学者』。実は、この絵画は、科学をテーマにしているだけでなく、この絵画自体が「科学的に」描かれています。

    フェルメールは、「カメラオプスキューラ」という、当時の科学最先端の装置を使って絵画を描いていたといわれています。カメラオプスキューラとは、針穴写真機の一種で、いわゆるカメラの前身です。レンズを利用して、集光し、反対側のガラス、あるいは壁に風景や部屋の配置を正確に2次元平面に写し取る機械です。レンズは円いので、焦点があっている1点は、くっきりと見え、それの周辺の像の輪郭はぼやけます。フェルメールの絵画には、その「ハレーション」と呼んでいるぼやけた輪郭が精確に絵画上で表現されています。

    フェルメール特有の「ポワンティエ」という点描画法も、この装置を使って風景を映し出すと、色彩が凝縮されて珠のように見えるので、その光景を精確に描いた結果だと考えることもできるでしょう。

    デルフトはレンズ産業が盛んで、フェルメールと同世代の、同じデルフト出身、レーウェンフックは、世界で初めて顕微鏡を発明しました。

    さらに、この絵画の同年、1668年はニュートンが反射望遠鏡を発明し、その2年後には、レンズ磨き職人だった哲学者スピノザが『Tractus Theologico-Politicus』を匿名で出版したと考えると、まさに17世紀の知はレンズの周辺で起きている!ロマンを感じますね。

     

    フェルメールのもう一つの特徴は、「フェルメール・ブルー」とも呼ばれるその青色です。

    当時金と同じ値段がしたといわれるラピスラズリという宝石を使用しています。このラピスラズリから作られる「ウルトラマリンブルー」という青色は、その色のもつ高貴さと高価さより、宗教画においては、聖母マリアの衣を表現することに使われました。

    このウルトラマリンブルーを彼は絵画の中にふんだんに使います。緑を作る時も、この青と植物性で作った黄色を混ぜて緑を作りました。影を表現するときには、青と茶色を混ぜて暗い色合いを作っているのです。マリアの衣に使う金と同様の値段の絵の具を、影の部分に使ってしまう。。。まさに、宝石にような絵画です。

    オランダ黄金時代に、科学的な成果と宝石によって描かれた奇跡のような絵画。本物を見たくなりませんか。

    ぜひルーブル美術館へ!

    解説があると、絵画鑑賞はもっと面白いですね。

    (中村)

     

    天文学者 1668(画家36歳の時)

    キャンパスに油彩

    ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

    2016年6月現在、ルーブル美術館、スリー翼 2階に展示中

     


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