-
今日は、ルーブル美術館にある静物画を紹介します。
アブラハム・ミグノン
「石の土台に置かれたクリスタル製のカラフのなかの花とトンボ」
クリスタル製の水差し(カラフ)にあふれるようにして美しい花が生けてあります。
17世紀にオランダで描かれた美しい静物画です。花には詳しくありませんが、それでも、わかるのは、チューリップがあります。単色ではなく、縞模様の入った美しいチューリップです。17世紀には、このような縞の入ったチューリップの球根が高値で売買されました。つまり、ここで富が表現されています。
バラもいくつかあります。右下にあるピンクのバラからは香りが漂ってくるようです。バラのすぐ上にある赤い花は、ボタンでしょうか、芍薬でしょうか。同じく赤い小さな花が下を向いています。ひなげしでしょうか。その上には、ピンクと白い花が。これは、カーネーションかな。ところどころにある、縁が青いツル性の植物は、見覚えがありますよね。小学校の時に絵日記を書いた、朝顔じゃないですか。一番上には、赤い大きな花があります。左下には、同じような花の花弁側が見えています。すると、ちょうどその上に、えんどう豆があります。よく見ると花だけじゃないんです。えんどう豆のすぐ右には、当時高級果実であったオレンジがあります。野菜も、フルーツもこの美しい花の中に隠れているのですね。
この静物画を書いたのは、アブラハム・ミグノンという17世紀のフランクフルト出身の画家です。17世紀のヨーロッパでは、プロテスタントとカトリックのあいだで宗教戦争がいたるところで起こっていました。ドイツ出身のこの画家の家族も、ドイツから宗教に関して寛容なオランダに逃げてきました。オランダに渡ったとき、まだ少年だったアブラハムは、画家のギルドに弟子入りし、静物画家として頭角を現していきます。
17世紀のオランダは、黄金時代といわれ、国際的な商業都市として栄えていました。もともと海運業で国を成立させていたオランダは、大航海時代に希望峰経由でアジアの香辛料貿易の航路を確立します。やがて植民地経営が加わり、それはオランダ市民に莫大な利益をもたらすことになります。このようにして、17世紀オランダではすでに裕福な市民階級が誕生していたのです。
美しい花をあつめた静物画は、事業で成功を収めた裕福な市民階級のために当時多くかかれました。ギリシャ神話、聖書を教養として貴族たちは学びましたが、ビジネスマンである裕福な市民は、貴族のような教育を受けているわけでありません。だから、彼らは神話画や宗教画よりも、このような目に快く、部屋を美しく飾る静物画や、風景画を好んだのです。
しかし、この静物画は、見れば見るほど恐ろしい絵です。じっくり近寄ってみてください。
いたるところに虫、毛虫が徘徊しています。えんどう豆のすぐ近くには、毛虫がいます。
ここには、蝶、毛虫、蜂、蜘蛛がいます。
こちらはもっとすごい。小さな毛虫が一面に沸いています。よく見ると、葉は枯れているじゃないですか。したの花びらも外側が黄色く変色し始めています。いったいこれはどう考えればいいのでしょうか。
静物画は単に美しいものを描いただけではありません。そこに、宗教的、道徳的な意味を読み取ることができます。まず、花は、咲いたときは美しいですが、すぐにかれてしまいます。花の美しさとは、一時のものに過ぎないのです。美しい花は、ここでは現世でのはかない一時の富を隠喩しているのです。だから、永遠の富を求めなければいけない、と読めるわけですね。永遠の富とは、歴史的文脈からいえば、神の教えに従いなさいということです。
また、一見美しいものであっても、よく見ると虫に食われて、枯れ始めているのです。見た目に惑わされてはいけない、という道徳的意味を読み取ることができます。
そして、花が生けてあるこの水差しをよく見てください。この水差しの中には、部屋そのものが映りこんでいるのです。左には、部屋の窓が、そして、右には、観察者である人が映っています。
見てるだけの鑑賞者だと思った自分自身が、実は絵の中に描かれている!
眼前の美に惑わされずに、物事をよく見なさい、そして真実を見極めなさい。常に自分も見られているということを意識しなさい。そして、自分自身を見つめなおしなさい。この静物画は、そんなことを訴えかけているように私には思えます。おそろしいとおもいませんか。
アブラハム・ミグノン 「石の土台に置かれたクリスタル製のカラフのなかの花とトンボ」は、ルーブル美術館のリシュリュー館2階にあります。
(渦)
パリ発
1日中満喫! ルーブル美術館を極める <美術館内での昼食付き>他の美術コラムは
[みゅう]パリ 美術コラム 『ムーラン・ド・ラ・ガレット』ピエール・オーギュスト・ルノワール
[みゅう]パリ 美術コラム 『落穂ひろい』ジャン・フランソワ・ミレ
[みゅう]パリ 美術コラム 『風景のある聖母子』 @ペルジーノの展覧会 ピントゥリッキオ
[みゅう]パリ 美術コラム 本当は怖い アブラハム・ミグノン の静物画
[みゅう]パリ 美術コラム 本当は怖い アブラハム・ミグノン の静物画
2014-10-13
最新記事